「タイヤを空転させると、シャーーーという綺麗な音ではなく、ゴロゴロ、ジャリジャリという不快な音がする」「走っているとなんだか自転車が重く感じて、ペダリングの力が逃げている気がする」。それは、自転車の回転の要(かなめ)であるホイールの中心、「ハブ」の内部にあるベアリングが悲鳴を上げているサインです。

ピストバイクの魅力は、シングルスピードならではのダイレクトでロスのない走りですが、ハブのベアリングが摩耗したりグリスが切れたりしていると、その魅力は半減どころかゼロになってしまいます。「ハブのメンテナンスなんて専門のショップじゃないと無理だろう」と諦めてしまう方も多いですが、構造さえ理解すれば、特殊な工具をいくつか揃えるだけで、自宅のガレージで完璧なオーバーホール(分解清掃)を行うことが可能です。

この記事では、ピストバイクのハブに採用されている2種類のベアリング構造(カップ&コーン式とシールドベアリング)の違いを解説し、最もメンテナンスの頻度が高い「カップ&コーン式ハブ」の分解、グリスアップ、そして職人技と言われる「玉当たり調整」の手順までを徹底的にレクチャーします。究極の回転を手に入れ、愛車にシルキーな走りを取り戻しましょう。

ハブのメンテナンスは自転車の走りを劇的に変える「究極のチューニング」です。焦らず丁寧に作業しましょう。

ピストのハブベアリング:2つの異なる構造

ハブのメンテナンスを始める前に、自分のピストバイクのホイールが「どちらの構造のハブ」を使っているかを確認する必要があります。構造によってメンテナンスのアプローチが全く異なるからです。

伝統の「カップ&コーン(オープン)ベアリング」

NJS認定の競輪用ハブ(デュラエースやスズエのプロマックスなど)や、ヴィンテージ系のピストバイクに多く採用されているのが「カップ&コーン式」です。これは、ハブの内側のお椀のような窪み(カップ)と、軸側の円錐状の出っ張り(コーン=玉押し)の間に、パチンコ玉のような小さな金属の球(ボールベアリング)が何十個もバラバラの状態で並んでいる構造です。

この構造のメリットは、「ピストバイクのBB交換完全マニュアル」で解説したNJSのBBと同様に、ライダー自身の手でミリ単位の締め付け調整(玉当たり調整)を行うことで、極限まで回転抵抗を減らせる(シルキーに回る)ことです。しかし、ボールがむき出しのため、雨水や砂埃が侵入しやすく、定期的な分解洗浄とグリスアップ(オーバーホール)が不可欠となります。今回の記事では、主にこのカップ&コーン式のメンテナンス手順を解説します。

現代の主流「シールド(カートリッジ)ベアリング」

一方、Phil Wood(フィルウッド)やBrotures(ブローチャーズ)などの現代のストリート用ハブや、完成車に最初から付いているハブの多くは「シールドベアリング(カートリッジベアリング)」を採用しています。これは、ボールとグリスがあらかじめ金属のケースの中に密閉(シールド)された、工業用のベアリングユニットを丸ごとハブに圧入している構造です。

メリットは圧倒的な防塵・防水性と、メンテナンスフリー(調整不要)であることです。グリスアップやシビアな玉当たり調整を行う必要がありません。「シールドベアリングとオープンベアリングの比較」のBB編と同じく、シールドベアリングからゴリゴリと異音がし始めた場合は、分解してグリスを詰めるのではなく、専用の工具(ベアリングプーラーとプレス)を使って「ベアリングユニットそのものを新品に圧入し直す(丸ごと交換する)」という作業になります。

カップ&コーン式ハブの分解と洗浄の手順

それでは、カップ&コーン式ハブのメンテナンス(グリスアップ)に取り掛かりましょう。車体からホイールを取り外し、チェーンやコグも外した状態からスタートします。

必須工具「ハブコーンレンチ」を使った分解

ハブを分解するためには、車軸(シャフト)を固定している外側の「ロックナット」と、内側の「玉押し(コーン)」の2つのナットを緩める必要があります。しかし、内側の「玉押し」は非常に薄いナットになっているため、一般的なスパナやモンキーレンチでは分厚すぎて挟むことができません。そこで絶対に必要な専用工具が、数ミリの薄さで作られた「ハブコーンレンチ(薄口スパナ)」です。(ピストの場合は13mm、14mm、15mmあたりがよく使われます)。

まず、ホイールの片側(どちらでもOKですが、通常はギアがない方)の玉押しにハブコーンレンチを掛けます。そして、外側のロックナットに別のスパナ(またはモンキーレンチ)を掛けます。2つのレンチをハサミを開くように反対方向に回すことで、強固に締まっていたナットが緩みます。ロックナットと玉押しを軸から外し、車軸を反対側からゆっくりと引き抜いてください。この時、内部のボールベアリングがバラバラとこぼれ落ちてくるため、下に清潔なトレイやウエスを敷いて、絶対にボールを紛失しないように注意してください。

パーツクリーナーによる完全洗浄と球の点検

車軸を引き抜くと、ハブの左右の窪み(カップ)の中には、古い真っ黒になったグリスと、金属のボールベアリングが残っています。ピンセットや磁石のついたドライバーを使って、すべてのボールを救出してください。フロントハブで片側10個ずつ、リアハブで片側9個ずつなど、数が決まっているので、必ず左右それぞれのボールの数を数えてメモしておきましょう。

取り出したボール、車軸、玉押し、そしてハブ本体のカップの内部に、パーツクリーナーをたっぷりと吹きかけ、古いグリスや砂利、金属粉を完全に洗い流します。綿棒などを使って、隅々までピカピカにしてください。「ピストバイクの整備に必要な基本工具」と同様に、パーツクリーナーはメンテナンスにおいて最も消費するケミカルです。 洗浄後、ボールや玉押しの表面を明るい光の下で観察してください。もし表面に「虫食い」と呼ばれる削れ(クレーターのような穴)やサビが発生していたら、どれだけ新しいグリスを入れてもゴリゴリ音は直りません。その場合は、ボールや玉押し(またはハブ本体)を新品に交換する必要があります。

究極の回転を生み出す「玉当たり調整」の極意

パーツがピカピカになり、異常がないことが確認できたら、いよいよ新しいグリスを注入して元通りに組み上げ、最大の難関である「玉当たり調整」を行います。

防水グリスの注入とボールの再配置

ハブ本体の左右のカップ(窪み)に、指でたっぷりと新しいグリスを塗り込みます。ピストバイクは全天候でストリートを走るため、シマノの「プレミアムグリス(通称デュラエースグリス)」のような、粘度が高く防水性に優れたグリスを使用することを強くおすすめします。

グリスを塗ったら、それが「接着剤」の代わりになります。ピンセットを使い、先ほど数えた規定の数のボールを、グリスの上に1つずつ丁寧に乗せて(並べて)いきます。左右両方にボールを並べ終えたら、車軸をそっと差し込み、外していた玉押しを手でスルスルとねじ込んでいき、ボールがこぼれないように蓋をします。

「ガタがなく、一番スムーズに回る」奇跡のポイントを探す

ここからが、カップ&コーン最大の醍醐味である「玉当たり調整」です。内側の「玉押し」の締め込み具合によって、ボールにかかる圧力が変化します。 玉押しを強く締めすぎると、ボールが強く押し潰されるため、車軸を手で回した時に「ゴリゴリ」と重く抵抗を感じます。 逆に玉押しを緩めすぎると、ボールと玉押しの間に隙間ができるため、車軸の端を持って上下に揺さぶった時に「カチャカチャ」と動くガタ(遊び)が発生してしまいます。

目指すべきポイントは、「ガタが完全に消えるギリギリのところまで締め込み、かつ、指で車軸を回した時に無抵抗でヌルヌルと滑らかに回転する」という、ピンポイントの設定です。玉押しを数ミリ動かすだけでこの感触は激変します。 「ここだ!」という奇跡のポイントを見つけたら、玉押しが動かないようにハブコーンレンチでしっかりと固定したまま、外側のロックナットを別のスパナで締め込み、2つのナットを強力にロック(ダブルナット)させます。「固定ギア車のチェーンテンション調整」と同じく、最後のロックナットを締める際に玉押しも一緒に回ってしまい(共回り)、せっかくの調整がズレてしまうことが多々あります。何度も何度も「締める→車軸を回してガタと重さを確認する→緩めてやり直す」を根気よく繰り返し、完璧な回転を指先で探り当ててください。

シールドベアリングハブの延命テクニック

「私のハブはシールドベアリングだから、メンテナンスフリーで何もしなくていいんだな」と思うかもしれませんが、ストリートをハードに走るピストバイクにおいては、少しのケアで寿命を延ばす裏技が存在します。

シールを剥がしてのグリス補充(自己責任)

シールドベアリングは本来「使い捨て(丸ごと交換)」のパーツですが、回転が少し渋くなってきた初期段階であれば、中のグリスを入れ替えることで復活させられる場合があります(※あくまで自己責任の裏技です)。

千枚通しや極細のマイナスドライバーなどの先の尖ったものを使い、シールドベアリングの側面にある「黒いゴム(または樹脂)のシール」の外周にそっと差し込み、シールを傷つけないように慎重にめくり取ります。すると、中のボールベアリングが顔を出します。ここにパーツクリーナーを吹き込んで古いグリスを洗い流し、エアーコンプレッサーなどで完全に乾燥させた後、新しいグリス(または回転を極限まで軽くしたい場合は粘度の低いオイル)を隙間なくたっぷりと詰め込みます。最後にシールをパチンとはめ込んで元に戻せば完了です。「雨上がりの泥はね対策」を万全にしていても、細かい砂はベアリングのシールを突破して侵入します。このグリス補充テクニックを知っておけば、高価なシールドベアリングの寿命を大幅に延ばすことができます。

まとめ:ハブの回転はピストの命

玉当たり調整が完璧に決まり、ホイールがいつまでも回り続けるのを見た時の感動は格別です。

今回は、ピストバイクの走りの質を根本から左右する「ハブベアリングの分解・洗浄・グリスアップ」の手順と、カップ&コーン式の玉当たり調整の極意について解説しました。

ハブコーンレンチという特殊な工具が必要であり、数ミリ単位のシビアな調整が求められるため、最初は何度も失敗して時間がかかるかもしれません。しかし、古い真っ黒なグリスを洗い流し、新しいグリスと完璧な玉当たり調整によって組み上げられたハブは、ペダルを踏み込んだ瞬間に「自転車が羽のように軽くなった」と錯覚するほどの感動的なシルキーさをあなたに提供してくれます。愛車のポテンシャルを100%引き出す究極のチューニングとして、ぜひハブのオーバーホールに挑戦し、音もなく滑らかにストリートを滑空する喜びを手に入れてください。

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