ピストバイクをフリーギア(シングルフリー)に戻す方法:両切りハブの活用術
ピストバイクを購入した方の多くは、「せっかくピストに乗るなら、一度は固定ギアに挑戦してみたい!」という憧れを抱いて納車を迎えます。しかし、実際に公道に出てみると、下り坂でペダルが勝手に回り続ける恐怖や、常に足を回し続けなければならない疲労感に圧倒され、「自分には固定ギアは合わないかもしれない…」と挫折してしまうケースも少なくありません。
でも安心してください。ピストバイクは固定ギア専用の乗り物ではありません。「フリーギア(ペダルを止めても空回りする一般的な自転車の仕組み)」に戻すことで、圧倒的に快適で乗りやすい「シングルスピードバイク」へと簡単に変身させることができます。
本記事では、多くのピストバイクの車輪に標準装備されている「両切りハブ(フリップフロップハブ)」という魔法のような仕組みの解説から、フリーギアに戻すために必要なパーツ、そして自分でホイールを裏返して安全にチェーンを張り直す具体的な手順までを詳細に解説します。
固定ギアが合わなかった時に知っておくべきこと
固定ギア(Fixed Gear)はピストバイクのアイデンティティとも言える最大の特徴ですが、それにこだわりすぎて自転車に乗らなくなってしまっては本末転倒です。まずは、フリーギアへの変更を前向きに捉えるための考え方を整理しておきましょう。
固定ギア特有の疲労感と下り坂での恐怖心
固定ギアは、後輪が回っている限りペダルも強制的に回り続けます。これは「自転車との一体感」という強烈な魅力を持つ反面、信号待ちで足を休めるためにペダルを止める(コースティングする)ことが一切できないという過酷な修行のような側面も持っています。
特に初心者にとって最大の壁となるのが「下り坂」です。スピードが出れば出るほど、自分の足も強制的に高速回転させられ、うっかり足を止めようとすると強力なバックトルク(急ブレーキ)がかかって体が前に投げ出されそうになります。この恐怖心からピストバイクに乗るのが億劫になってしまっているなら、迷わずフリーギアへの変更をおすすめします。
いつでもフリーギア(シングルフリー)に変更できる安心感
実は、街をスタイリッシュに走っているピスト乗りの全員が固定ギアに乗っているわけではありません。「見た目のシンプルさは好きだけど、楽に乗りたい」という理由で、あえてフリーギア(シングルフリーと呼ばれることもあります)で乗っているストリートライダーは非常に多く存在します。
固定ギアとフリーギアの違いと使い分け・切り替え方法 でも解説している通り、ピストバイクの多くは、少しの工具と手間さえあれば、いつでも固定ギアとフリーギアを行き来できる構造を持っています。まずはフリーギアでスポーツ自転車のスピード感や車道走行に十分に慣れ、数ヶ月後にもう一度固定ギアに挑戦してみる、といった柔軟なステップアップが可能なのもピストバイクの大きな魅力なのです。
ピストバイクの「両切りハブ」の構造と仕組み
「フリーギアに変更できる」と言っても、フレームやホイールを丸ごと買い換える必要はありません。その秘密は、多くの完成車ピストバイクの後輪の中心(ハブ)に隠されている「両切りハブ」という優れた設計にあります。
左右で異なるギアを取り付けられる両切りハブとは
ピストバイクのリアハブ(後輪の中心にある軸の部品)を真上から覗き込んでみてください。右側には現在使っている固定ギアの歯車(コグ)が付いていると思いますが、左側にも「ネジ山が切られた余白」があるモデルが多いはずです。
このように、ハブの左右両側にギアを取り付けられる構造になっているものを「両切りハブ(またはフリップフロップハブ)」と呼びます。多くの場合、片側には固定ギア用の「コグとロックリング」を取り付けるための段差のあるネジ山(段付きネジ)が切られており、もう片側にはフリーギア(フリーホイール)を取り付けるための単一の正ネジが切られています。
ホイールを裏返して装着する「フリップフロップ」の利点
この両切りハブの最大の利点は、あらかじめ片側に固定ギア、もう片側にフリーギアを取り付けておけば、「後輪を車体から外し、左右をひっくり返して(裏返して)装着し直すだけ」で、固定ギアとフリーギアを一瞬で切り替えられる点にあります。(この裏返す動作から、英語圏ではフリップフロップハブと呼ばれます)。
フジフェザー(FUJI FEATHER)やリーダーバイク(LEADER BIKES)など、市販されている多くのエントリー〜ミドルグレードのピスト完成車は、この両切りハブを標準装備しています。もしあなたの自転車にフリーギアが付いていなくても、左側のネジ山にフリーギア用の歯車を追加購入してねじ込むだけで、いつでも仕様変更の準備が整うのです。
フリーギアに戻すために必要なパーツと工具
もしあなたの自転車の左側にフリーギア(手で弾くと「カチカチ」と音を立てて片方向にだけ回る歯車)が付いていない場合は、追加で購入して取り付ける必要があります。また、ホイールの脱着には工具が必要です。
シングルフリー用のフリーホイール(フリーコグ)の選び方
購入すべきパーツは「シングルフリー用のフリーホイール(フリーコグ)」です。選ぶ際のポイントは「歯数(丁数)」と「規格」です。
歯数は、現在付いている固定ギアのコグと同じ歯数(例えば16Tなど)を選ぶのが基本です。ただし、「固定ギアは少し重かったから軽くしたい」という場合は、今より歯数が多いもの(17Tや18T)を選べば、漕ぎ出しが軽い楽なセッティングに変更できます。 規格に関しては、ピストバイクのチェーンには厚歯(1/8インチ)と薄歯(3/32インチ)があります。必ず自分のチェーンの厚さに適合するフリーホイール(基本は厚歯対応のもの)を選んでください。シマノ製の「SF-1200」や、White Industries(ホワイトインダストリーズ)の高品質なフリーギアなどが定番です。
作業に必要な15mmレンチとチェーン引き(テンショナー)
ホイールをひっくり返して装着し直すためには、最低でも以下の工具が必要です。
- 15mmのレンチ(スパナ):後輪のハブナットを緩めるために必須です。持ち手が長く力が入りやすいものを用意しましょう。
- グリス:新しくフリーホイールのネジ山をハブにねじ込む際、固着を防止するために薄く塗布します。
もし、後輪の軸の部分に「チェーン引き(チェーンテンショナー)」という小さな金具が付いている場合は、それを緩めたり締めたりするための10mmの小さなレンチも必要になります。自宅をカスタムショップに!ピストバイクの整備・パーツ交換に必要な基本工具セット でも紹介しているような基本的なレンチセットがあれば十分に対応可能です。
ホイールを裏返してフリーギアに変更する具体的な手順
必要なパーツが揃い(あるいはすでに左側にフリーギアが付いている状態であれば)、いよいよ後輪を裏返す作業に入ります。チェーンの脱着と張り具合の調整が含まれるため、軍手をはめて作業することをおすすめします。
リアホイールを外し、チェーンを適切に掛け直す方法
まずは自転車を安全な場所に逆さまに立てるか、メンテナンススタンドに載せます。 1. 後輪の左右にあるハブナット(15mm)を反時計回りに回して緩めます(外す必要はありません、緩めるだけでOKです)。 2. チェーン引きが付いている場合は、それも緩めます。 3. 後輪をフレームの前方(サドル側)にギュッと押し込み、チェーンをたわませて、チェーンリング(前の大きな歯車)からチェーンを外してクランクの内側に落とします。 4. これで後輪が後ろに引き抜けるようになります。後輪を外し、左右をひっくり返して(フリーギアがチェーン側に来るようにして)フレームの溝(エンド)に再び差し込みます。 5. 外したチェーンを、新しいフリーギアと前のチェーンリングにしっかりと掛け直します。
新しくフリーホイールを購入した場合は、ハブのネジ山にグリスを塗り、時計回りに手でねじ込んでおいてください。ペダルを漕げば自動的に強く締まるため、専用工具でガチガチに締め込む必要はありません。
チェーンテンション(張り具合)の調整とホイールのセンター出し
チェーンを掛け直したら、ピストバイクの整備で最も重要な「チェーンテンション(張り具合)」の調整を行います。【初心者OK】ピストバイクのチェーンテンション調整方法と適切な張り具合 でも詳しく解説していますが、後輪を後ろへ引っ張りながらハブナットを締めていく作業です。
フリーギアの場合は、固定ギアほどパンパンにチェーンを張る必要はありません。チェーンの真ん中を指で上下に押した時に、合計で1.5cm〜2cmほどの「たるみ(遊び)」がある状態が理想的です。 また、後輪を引っ張って固定する際、タイヤがフレームの左右の中央(センター)に真っ直ぐ配置されているかを必ず目視で確認してください。斜めになったままナットを締め込むと、タイヤがフレームに擦れてパンクや落車の原因になります。センターが出たら、15mmレンチで左右のナットを交互に均等に、力一杯しっかりと締め込みます。
フリーギアに変更した後の走行上の注意点
フリーギアへの変更が無事に完了し、ペダルを逆回転させると「チキチキチキ…」という心地よい音が鳴れば大成功です。しかし、固定ギアからフリーギアに乗り換えた直後に気をつけなければならない注意点が2つあります。
スキッドが使えなくなるため、前後ブレーキの点検が必須
固定ギアの時は、ペダルを踏み止める(バックトルクをかける)ことで後輪ブレーキの役割を果たし、スキッドで減速・停止することができました。しかし、フリーギアになるとペダルが空回りするため、足の力での減速やスキッドは一切できなくなります。
したがって、自転車を止める手段はハンドルに付いている「前後ブレーキ」のみとなります。フリーギアに変更した後は、必ずブレーキレバーを握り、前後それぞれのブレーキパッドがホイール(リム)をしっかりと挟み込み、確実に制動力が出ているかを点検してください。もしブレーキの効きが甘い場合は、直ちにワイヤーの調整やブレーキシューの交換を行わなければ命に関わります。
ペダリングの感覚の変化とコーナリング時のペダルヒット対策
フリーギアになると、下り坂やスピードに乗った時に「ペダルを止めて休む(足を止めて惰性で進む)」ことができるようになり、驚くほど体力が温存できます。
しかし、カーブを曲がる(コーナリング)際には一つだけ注意が必要です。自転車を傾けながらペダルを漕ぎ続けると、車体が傾いている側のペダルが地面に激突(ペダルヒット)して大転倒する恐れがあります。フリーギアでカーブを曲がる時は、「傾ける側のペダルを上(12時の位置)にして足を止め、惰性で曲がる」という、ロードバイクなどでは常識とされているコーナリングの基本フォームを身につけるように意識してください。
ピストバイクをフリーギアに戻す方法まとめ
「固定ギアこそがピストのすべて」というストイックな考え方もかっこいいですが、自分のスキルや走る環境に合わせて柔軟にセッティングを変えられることこそが、ピストバイクの本当の懐の深さです。
- 両切りハブ(フリップフロップハブ)なら、ホイールを裏返して装着するだけで仕様変更が可能
- 新しいフリーギア(フリーコグ)を買い足す場合は、チェーンの規格(厚歯・薄歯)に適合するものを選ぶ
- ホイールを再装着する際は、チェーンの適切な「たるみ(遊び)」とタイヤの「センター」を確実に出す
- フリーギアにすると足での減速(スキッド)ができないため、前後ブレーキの効きを必ず再点検する
フリーギア(シングルフリー)に変更したピストバイクは、美しい見た目そのままに、最高に快適な街乗り最強クルーザーとなります。疲労感や恐怖心から解放された状態で、純粋に「自転車で風を切る楽しさ」をもう一度味わってみてください。
