ピストバイクのメンテナンスにおいて、「チェーンにオイルを差すこと」や「空気をいれること」は誰でも知っていますが、それと同じかそれ以上に重要なのに、多くの初心者が全く手をつけていない作業があります。それが「グリスアップ」です。

グリスとは、チェーンオイルのようなサラサラの液体ではなく、歯磨き粉のようにドロッとした半固形状の潤滑油のことです。自転車は無数の金属パーツがネジで組み合わさってできていますが、この金属と金属が触れ合う部分にグリスが塗られていないと、やがて金属同士がサビて一体化し、二度と分解できなくなってしまいます(これを「固着」と呼びます)。

本記事では、愛車の寿命を半永久的に延ばすために、ピストバイク乗りなら絶対に知っておくべき「グリスアップすべき5つの重要箇所」と、プロも愛用するおすすめのプレミアムグリス、そして塗る前の正しい清掃方法までを徹底解説します。

グリスアップ(注油)がピストバイクの寿命を決める理由

なぜ、そこまでグリスアップが重要なのでしょうか。その理由は、自転車という乗り物が常に雨風や汗といった「水分」と、体重による「強烈な圧力」にさらされている過酷な環境にあるからです。

金属パーツの「サビ」と「固着(焼き付き)」を完全に防ぐ

フレームにネジを締め込む際、金属同士のミクロの隙間には必ず「空間」が生まれます。グリスを塗らずにネジを締めると、雨の日の走行や洗車、あるいはライダーの汗(塩分を含んだ水分)がその隙間に毛細管現象で侵入し、内部で金属を猛烈な勢いでサビさせます。

数ヶ月後、パーツを交換しようとしてネジを回そうとしても、サビと圧力によって金属同士が分子レベルで結合(焼き付き・固着)してしまい、どんなに力を入れても外れなくなります。最悪の場合、フレームをノコギリで切断してパーツを破壊しなければならず、自転車の寿命がそこで終わります。グリスは、この隙間を油の膜で完全に密閉し、水分の侵入を防ぐ「最強の防水シールド」の役割を果たすのです。

パキパキ・ギシギシという不快な異音(ノイズ)を解消する

ペダルを強く踏み込んだ時に、「パキッ」「ギシギシ」という不快な音が鳴ったことはないでしょうか。この異音(ノイズ)の原因の多くは、パーツが壊れているからではなく「グリス切れ」によるものです。

金属同士が強い力で擦れ合う箇所(BBやペダルのネジ山など)にグリスがないと、乾燥した金属同士が直接こすれ合い、それがフレームの空洞に反響して大きな異音となって現れます。異音が鳴る箇所を一度分解し、たっぷりとグリスを塗って規定のトルク(力)で締め直すだけで、嘘のように静かで滑らかな乗り心地が復活します。グリスアップは最高のトラブルシューティング(問題解決)なのです。

絶対に外せないグリスアップ必須の3大パーツ

ピストバイクを構成するパーツの中で、特に固着しやすく、万が一固着すると致命傷になる「3大パーツ」が存在します。この3箇所は、半年に1回は必ず外してグリスを塗り直すべきです。

1. シートポスト(サドルの棒)とフレームの接触面

初心者が最もやってしまう失敗第1位が、「シートポストの固着」です。サドルを支えるシートポストは、フレームの筒(シートチューブ)に深く差し込まれていますが、ここは雨水や後輪が跳ね上げた泥が最も侵入しやすい場所です。

ここにグリスを塗らずに数ヶ月放置すると、アルミのシートポストとクロモリ(鉄)フレームの間で電食(異種金属間の腐食)が起き、完全に一体化してサドルの高さが一生変えられなくなります。シートポストを引き抜き、パーツクリーナーで綺麗に拭いてから、シートポストの挿入部分全体に薄くまんべんなくグリスを塗り広げてから元に戻してください。

2. ペダルのネジ山(左右の回す方向の違いに注意)

次に固着しやすいのが「ペダル」のネジ山です。ペダルは地面スレスレにあり、水や泥を最も被るパーツでありながら、全体重をかけて踏み込むため強烈な圧力がかかっています。

ペダル交換・外し方と固着への対処法 の記事でも警告していますが、ペダルをクランクに取り付ける際、ネジ山にグリスを塗っていないと、後からペダルレンチで全体重をかけてもビクともしなくなります。ペダルを取り付ける際は、必ずネジ山にグリスをたっぷりと塗り込みましょう。右ペダルは正ネジ、左ペダルは逆ネジという回す方向にも注意が必要です。

3. コグとロックリングのネジ山(ハブの破損を防ぐ)

ピストバイク特有のパーツである「コグ(後ろの歯車)」と「ロックリング」も、絶対にグリスアップを怠ってはいけません。

ここはスキッド(バックトルク)をするたびに凄まじい力がかかるため、グリスがないとネジ山が完全に焼き付きます。ピストバイクのコグ交換・外し方 でも解説している通り、ハブ(車輪の中心)側のネジ山にしっかりとグリスを塗ってからコグをねじ込んでください。もしここで固着して無理に外そうとすると、ハブ側のネジ山が削り取られて(なめて)しまい、数万円するホイールがゴミになってしまいます。

ペダリングの滑らかさを左右する駆動系のグリスアップ箇所

上記の3つに加えて、走りの質(滑らかさ)に直結する駆動系・操舵系の奥まった部分にもグリスが必要です。ここはバラ完の組み立て手順 やオーバーホールのタイミングで行うのが一般的です。

4. ボトムブラケット(BB)のネジ山と軸のテーパー部分

自転車の心臓部であるボトムブラケット(BB)は、フレームの最下部(BBシェル)にねじ込まれています。ここも水が溜まりやすく、異音の発生源ナンバーワンの場所です。

BBをフレームにねじ込む際、フレーム側のネジ山とBB側のネジ山の両方にたっぷりとグリスを塗布します。また、BBの軸(スピンドル)の四角いテーパー部分(クランクが刺さる部分)にもごく薄くグリスを塗ることで、クランクが奥まで適切に圧入され、パキパキという異音を防ぐことができます(ただし塗りすぎると奥に入りすぎてクランクが割れるため極薄に塗ります)。

5. フロントフォークに隠れたヘッドパーツ(ベアリング)周り

ハンドルの付け根にある「ヘッドパーツ」の内部には、ハンドルを滑らかに左右に切るためのベアリングが入っています。ここのグリスが切れると、ハンドルが重くなったり、ブレーキをかけた時にガタガタと異音が鳴ったりします。

フロントフォークをフレームから引き抜き、上下のベアリングとその受け皿(ワン)に、ベアリングの隙間を埋め尽くすようにたっぷりとグリスを盛り付けます。ここのグリスは水の侵入を防ぐパッキンの役割も果たすため、ケチらずに少しはみ出るくらい多めに塗るのが正解です。

ピストバイクにおすすめの自転車用プレミアムグリス

ホームセンターで売っている数百円の万能グリスでも代用は可能ですが、自転車という過酷な環境には、耐水性と耐久性に優れた「自転車専用のプレミアムグリス」を使用することを強くおすすめします。

迷ったらコレ!圧倒的信頼のシマノ「プレミアムグリス(デュラエースグリス)」

世界中のプロメカニックの工具箱に必ず入っているのが、シマノ(SHIMANO)の「プレミアムグリス(旧称:デュラエースグリス)」です。

鮮やかな蛍光イエローのグリスで、適度な粘度(ネバネバ感)があり、ネジ山の隙間にしっかりと留まって強靭な油膜を作ってくれます。耐水性・防錆性・潤滑性のすべてのバランスが完璧で、50gのチューブ入りで1,000円台で購入できます。これ一本あれば、個人でのメンテナンスなら数年は持つため、最初に買うべき絶対的なおすすめグリスです。

耐水性と耐久性に優れたアメリカ発の「フィルウッド(Phil Wood)防水グリス」

ピスト乗りから絶大な支持を得ているもう一つのグリスが、アメリカの高級ハブメーカー「Phil Wood(フィルウッド)」が販売している「ウォータープルーフグリス(緑色のグリス)」です。

シマノのグリスよりもさらに粘り気が強く、「絶対に水で流れ落ちない」という強烈な耐水性と耐久性を誇ります。雨の日でも毎日ピストで通勤・通学をするようなハードコアなライダーや、頻繁にメンテナンスができないズボラな方にとっては、最強の防具となってくれます。独特の緑色のルックスと香草のような匂いも、メカニックの気分を盛り上げてくれます。

グリスを塗る前に必要な「清掃(パーツクリーナー)」の重要性

最後に、グリスアップを行う上で初心者がやってしまいがちな致命的なミスについて解説します。それは「汚れたまま新しいグリスを上塗りしてしまうこと」です。

古い汚れや砂が付いたままグリスを塗るとヤスリがけ状態になる

パーツを外すと、そこには真っ黒に汚れた古いグリスや、隙間から入り込んだ砂や鉄粉が付着しています。これを拭き取らずに、上から新しいグリスを塗ってネジを締め込んでしまうとどうなるでしょうか。

グリスの中に取り込まれた硬い砂粒や鉄粉が、ネジを回すたびに金属の表面を削り取る「ヤスリ(研磨剤)」の役割を果たしてしまいます。結果として、グリスを塗ったのにネジ山がボロボロになってしまうという悲劇が起こります。

ネジ山の奥までウエス(布)で完全に拭き取るプロのテクニック

グリスを塗る前は、必ず「清掃」とセットで行うのが鉄則です。パーツクリーナー(ディグリーザー)をウエス(ボロ布)にたっぷりと吹き付け、古いグリスと汚れを完全に溶かして拭き取ります。

ネジ山の谷の部分に入り込んだ汚れは、ウエスの端を薄く折ってネジ山に沿って爪でカリカリとこそぎ落とすか、使い古した歯ブラシを使って徹底的に掻き出してください。金属の本来の色(シルバー)が完全に姿を現し、キュッキュッと音が出るくらい綺麗になってから、初めて新しいグリスを塗布します。「清掃8割、グリス2割」の精神で行うのが、プロのメカニックのテクニックです。

グリスアップ箇所と頻度まとめ

自転車のメンテナンスにおいて、グリスアップは最も地味な作業ですが、愛車の寿命に最もダイレクトに影響を与える最重要プロセスです。

グリスアップの重要ポイントまとめ
  • グリスは金属の「サビ・固着」を防ぎ、不快な「パキパキという異音」を消し去る魔法のアイテム
  • 絶対に塗るべき3大箇所は「シートポスト」「ペダルのネジ山」「コグとロックリングのネジ山」
  • シマノのプレミアムグリスか、Phil Woodの防水グリスを一本持っておけば数年は使える
  • グリスを塗る前は、パーツクリーナーと歯ブラシで古い汚れや砂を「完全に拭き取る」のが鉄則

週末のメンテナンスチェックリスト に慣れてきたら、半年に1回は愛車を少しだけ分解し、これらの重要パーツにたっぷりとグリスを塗り直してあげてください。見えない部分にまで愛情を注がれたピストバイクは、いつまでも極上の滑らかさであなたを運んでくれます。

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